九戸氏
対い鶴(清和源氏南部氏流)
 九戸氏は南部氏の始祖光行の六男・行連を祖とする南部氏の族で、代々北奥の九戸を領知し、九戸氏を称した。鎌倉中期以降、初代行連より政実まで十一代にわたって垂統したというが、累代の事蹟は不明な点が多い。
 八代通康の頃から九戸氏の勢いは宗家を凌ぐようになった。十一代政実の代にはその軍事力も急成長を遂げ、津軽氏の独立を容易にさせたのは、九戸氏が南部宗家の動きを抑止したためとされる。宗家南部に元亀・天正の家督相続争いが発生して以来、政実は南部信直に反抗し、天正十九年の一揆へと連鎖していった。
 自主解決のできぬ信直の要請で、北上してきた豊臣仕置軍の攻撃を受け、九戸城は天正十九年九月に落城した。政実は一族とともに連行され、九戸氏は滅亡した。

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■参考略系図