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●神社石標と大鳥居 ●参道を社殿へ ●参道脇のさざれ石 ●神門を見る ●神門と見事な青空
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●拝殿 ●本殿を横から見る ●神生み岩(産霊岩) ●摂社(右から天照大神和魂神社・春日社・猿田彦社・真名井稲荷) ●裏参道の鳥居
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●海部宮司家四代目の祖倭宿禰命像 ●重文指定の狛犬 ●笠松公園より見た天橋立 ●国道より府中城址を遠望
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籠(kono)神社は、古くは吉佐宮と呼ばれ、彦火明命を祭神とし、相殿に豊受大神・天照大神・海神・天水分神を
祀っている古社。境内案内板の由緒書によれば、
神代の昔より奥宮真名井原に豊受大神をお祀りしてきたが、その御縁故によって崇神天皇の御代に大和国笠縫邑からおうつりになり、之を吉佐宮と申し、豊受大神とともに四年間お祀りいたしました。その後、天照大神は垂仁天皇の御代に、また豊受大神は雄略天皇の御代にそれぞれ伊勢におうつりになりました。それに依って当社は元伊勢の云われています。 両大神がおうつりののち、天孫彦火明命を主祭神とし、社名を籠宮と改め、元伊勢の社、また丹後国一之宮として朝野の崇敬を集めてきました。 とある。籠神社には現存系図としては日本最古のものである社家海部氏の系図が伝来し、国宝指定を受けている。また、神社後方の笠松公園の東方山頂に戦国時代丹後地方を支配した一色氏が拠った府中(今熊野)城の遺構が残っている。 |