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社伝によれば崇神天皇十三年の創祀といい、天平九年(737)の但馬税正帳には、但馬一宮である
出石神社・粟鹿神社とともにその名が記されている。主祭神は倉稲魂命、大己貴命、少彦名命、谿羽道主命、船帆足尼命だが、
当初は弥高山全体を御神体として、山頂に上社、中腹に中社、現社地に下社が祀られていたという。そして、
上社には保食神と五十猛神とが祀られていたことが「養父郡誌」にみえている。
養父神社のある養父市場は古くから但馬牛の牛市の中心地で、現在でも近隣の大藪で但馬牛のせり市が 開かれている。延喜式には五十猛命を牛取引の神様とするとあり、神の前で取引・取り決めをするのは 古来からの風習であった。また、五十猛命の父神という素盞嗚尊は牛頭天王と習合され祇園社の祭神として 知られるが、五十猛命と牛との関連は見逃せない。境内の紅葉は県下でも有数の名所として有名で、とくに朱塗りの橋の 下から見上げた景色は格別の美しさといわれている。 ●山門を見上げる ●人影もなく静寂に包まれた境内 ●雄の狛犬 ●神馬と神紋 ●境内を振り返る |
●社務所への朱塗りの橋 ●南北朝時代中ごろの石造宝篋印塔 ●鮮やかな紅葉の境内
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●迦遅屋神社 ●厳島神社 ●山野口神社 ●御霊神社と五社神社(左) ●琴平神社
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