山口の町は、西国の戦国大名として名を馳せた大内氏が居を構えたところである。
大内氏は最盛時には中国地方から鎮西まで支配下におき、
本拠地の山口を京にならった町づくりをした。
武門の雄として中世を生きた大内氏であったが、義隆の代にいたって風雅に流れるようになり、
ついに重臣陶晴賢の謀反によって滅び去った。
山口の町を歩くと、日本三名塔の一番に数えられる瑠璃光寺の五重塔、
祇園祭の鷺舞神事で有名な八坂神社や今八幡宮、山口の街のあちこちから見える鴻ノ峰山上には、
大内氏が最期を迎えた高嶺城跡が残っている。
|