石川(石河)氏
対い鶴(清和源氏義家流)
    
  清和源氏源満仲の後裔、石川光治が承久の乱の勲功により美濃国厚見郡市橋庄の地頭になって、美濃に住したのにはじまると伝える。
 光延の時、織田信長に仕え、光政・光重は豊臣秀吉に従った。光元・光吉も秀吉に仕えて、それぞれ播州龍野城主、尾州犬山城主となり、関ヶ原に戦では西軍に属して戦っている。光元の子・光忠は徳川家に仕え、慶長十五年(1610)一万石の大名となった。
 同十七年、尾張の徳川義利(義直)に付けられ、のち名古屋城代、以後尾張徳川家の家老職を世襲した。正章のとき、石川から石河に改めた。

■略系図